最新作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケ―の魔女』の公開を記念して、2026年1月2日より「ガンダムシネマラリー feat. 閃光のハサウェイ」としてガンダムの過去劇場作品が映画館でリバイバル上映されました。
1月9日~15日の間は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が上映されており、そちらを観てきたので、ちょっとした感想や好きなセリフなんかを書いていきます。セリフなんかは流石に映画館で逐一メモを取るわけにはいかないので、記載内容の大半は過去に家で見た時にメモしていたものです。
ちなみに『逆襲のシャア』自体は何回も見ている作品ですが、リアルタイム上映時はまだ幼かったため、劇場で観るのは初めてでした。最近はガンダムに限らず過去作品のリバイバル上映をしているのをよく見ますが、まさか逆シャアを今になって映画館で観れるとは思っていなかったので非常にありがたい取り組みだと思っています。
今回は映画版の『逆襲のシャア』を観るのとセットで漫画版の『ベルトーチカ・チルドレン』も読みなおして、改めてそれぞれの内容を比べてみたりしました。
がっつり内容ネタバレありますのでご注意ください。
また、記載している内容はすべて書いている僕個人の感想や考察になります。僕自身知らない情報や間違っている認識などもあるかもしれませんが、その点ご理解いただきニュータイプのように違いも超えて理解しあえる心でご覧いただければと思います。
目次
作品概要
監 督:富野由悠季
公開日:1988年3月12日
時 間:120分
ガンダムシリーズの映画としては初の劇場オリジナル作品。
舞台は宇宙世紀0093年、初代ガンダム⇒Zガンダム⇒ガンダムZZから続く初期の宇宙世紀作品の一つの区切りとして、アムロとシャアの最後の戦いを描いている。
キャッチコピーは「宇宙世紀0093 君はいま、終局の涙を見る…」
ざっくりとした本編の流れ。後でべルチルとかと比較するときのためにメモしたもの。
- フィフスルナを落とす作戦から始まる
- リ・ガズィvsサザビー&ヤクト
- 月のアナハイムにνガンダムを取りに行くアムロ
- アムロ合流、ララァの夢を見る
- ロンデニオンに入る
- ネオジオンと連邦高官の会談
- アムロとシャア会う。クェス、シャアについていく
- スウィートウォーターのネオジオン。シャアとナナイのバスローブトーク
- シャアの演説
- 武装解除すると見せかけるための艦隊がルナツーへ、奇襲攻撃でルナツーの核ミサイル奪取
- 各パルスエンジンに点火して地球に向けて動き出すアクシズ
- レズン、ケーラが戦死
- ラー・カイラムでの最後のブリーフィング
- クェスとチェーンが戦死
- ラー・カイラムクルーがアクシズに乗り込む、アクシズの核兵器をアムロが破壊、アクシズの核パルスが停止
- アクシズが内部破壊され割れる、片方の破片は地球へ
- サザビー撃墜、シャアのポッドを捕獲してアクシズを押し始めるアムロ
- 敵味方関係なくMSがアクシズを押し始める
- ガンダムから放たれた光にMSが弾き飛ばされる、アクシズが地球から離れていく
好きなセリフ
好きなセリフ、印象に残ったセリフなど。
映画一本なのでそんなにないかなと思いましたが、かなりの量になりました。アムロとシャアのやりとりなど、逆シャアは名言の宝庫だったと思います。
「宇宙に100億の人が住んでいるのよ。お父さん達はそれを地球から見上げて、わかっているつもりで、その方がおかしいのよ。」(クェス)
冒頭のシャトルのシーン。父アデナウアーの「連邦政府はジオンのシャアが生きているなんて信じていなかった」という言葉に対して。クェスは激ヤバ電波女のイメージが強かったけど改めて見返してみると最初から結構本質を突いた発言をしている。それゆえに純粋すぎるニュータイプとしてシャアに共感してしまったって感じかな。
「なんでこんなものを地球に落とす。これでは地球が寒くなって人が住めなくなる、核の冬が来るぞ」(アムロ)
「地球に住む者は自分たちのことしか考えていない、だから抹殺すると宣言した」(シャア)
「人が人に罰を与えるなどと」(アムロ)
「私、シャア・アズナブルが粛清しようというのだアムロ」(シャア)
「エゴだよ、それは」(アムロ)
「地球がもたんときが来ているのだ」(シャア)
リ・ガズィvsサザビー。全体的に聴きごたえのあるアムロとシャアの舌戦第1ラウンド。
「大佐、なんでファンネルを使わないんです」(ギュネイ)
リ・ガズィ戦でシャアがファンネルを使わなかったことに対して。
使わなかった理由は終盤で言っていた「情けないモビルスーツと戦って勝つ意味がない」からかな。
「これでは道化だよ」(シャア)
参謀役のホルストにネオジオンの総帥としてのイメージ作戦をやらされて。
「彼は純粋よ」(ララァ)
アムロの「シャアは否定しろ」に対して。アムロさんのいつもの夢。ちなみにもう少しあとのシーンでミライさんもシャアのことを「純粋すぎる人よ」と評していた。
「どうしたんだろ、怖い怖い」(チェーン)
上のアムロを通信で起こしたチェーンが通信を切った後に言ったセリフ。「怖い怖い」の言い方がかわいい。その後の膝を抱いてフワフワしてるのもかわいい。
「ニュータイプは物とか人の存在を正確に理解できる人のことだよ。それもさ、どんなに距離が離れていてもそーゆうのがわかるようになるの」(クェス)
ハサウェイとの会話。ここで話にでていたインドのクリスティーナという人物はやっぱり気になる。ガンダムでクリスティーナというとマッケンジーさんが思い浮かぶ(作品としてはポケ戦の方が後)が、特に公式の明言は無い(っぽい?)。声も違うし顔や髪色的にも別人と考えた方が自然かな。ハイストリーマー版ではポケ戦のクリス本人ということになっているというのを前にどこかで見た気もするけど真偽は不明。ハイストリーマー読みたいけどなかなか手に入れる手段が無さそうなんだよな・・・。電子版も無いっぽいし。
「こんなのを見れば、人が革新できるって信じられる」(クェス)
コロニー(サイド1のロンデニオン)を見て。この後の「お父さんはこんなもの知らないで、地球から宇宙に住む人を支配してるのよね」は冒頭のシャトルでのセリフに繋がっている。この辺りのクェスとの会話でハサウェイは相槌を合わせているようで微妙にズレた受け答えになっている(クェスの言っていることの本質がわかってない)ような感じがする。
「アムロ、私はアコギなことをやっている。近くにいるのならこの私を感じてみろ」(シャア)
連邦高官たち(曰く、俗物ども)との会談を終えて。
やっぱりこれがシャアの本心という感じがする。ちなみにめちゃくちゃ近くにいた。
「地球に残っている連中は地球を汚染しているだけの、重力に魂を縛られてる人々だ」(シャア)
仲良し二人組の舌戦2回戦。
ドライブしてたら突然馬に乗ったシャアが現れるという冷静に考えたら非常にシュールな映像。重力に魂を云々はゼータから似たようなセリフがあった。
「地球は、人間のエゴ全部を飲み込めやしない」(シャア)
「人間の知恵はそんなもんだって乗り越えられる」(アムロ)
「ならば、今すぐ愚民どもすべてに英知を授けて見せろ」(シャア)
「そうだ、それができないから」(クェス)
「貴様をやってから、そうさせてもらう」(アムロ)
「アムロ、あんたちょっとセコいよ」(クェス)
上のシーンの続き。じゃれあう仲良し二人組に割り込んできたクェス。本作一貫して「人類に絶望していて、大きなことをやらないと何も変わらないと思っているシャア」と「現行の人類の可能性に期待をしたいアムロ(ともすれば事なかれ主義にも見える)」の構図。シャアについては後の作品(ガンダムUC)でミネバがフロンタルの考えと対比する形で「地球を人の住めない星にして人類を残らず宇宙へ上げようとしたシャアの狂気、熱情からも程遠い」と評していたのも印象的。
あと、その直後のシャアの「行くかい?」のスピード感と、「は、何言ってんのこの人」って感じに見えなくもないクェスの表情と声のトーンが面白くて好き。
「ではロンド・ベルは独自の行動をとらせていただきます」(ブライト)
「当たり前だ。貴官らが地球の危機と判断したらいつでも動け」(アデナウアー)
ここは「(自由に動いていいって)言質とったぞ。録音したな?」みたいなことを部下に言うブライトさんのセリフがあったと思ってたけどなかった。確認したらベルチルのコミックの方では言ってた。
「私は宇宙に出た人類の革新を信じている。しかし、人類全体をニュータイプにするためには、誰かが人類の業を背負わなければならない」(シャア)
ナナイとのバスローブトーク。「大佐は、あのアムロを見返したいために、今度の作戦を思いついたのでしょう?(ナナイ)」「私はそんなに小さな男か?」と続く。シャア本人は頑張って「人類のため~人類のため~」って(自分にも言い聞かせるように)言っているのに、周りのみんなは「どーせアムロと戦いたいのが本音でしょ」って言ってくる。
「あんな小娘に気を取られて」(ナナイ)
立ち去ったシャアに。ちなみに、あんな小娘(13歳)。
「これによって地球圏の戦争の源である、地球に居続ける人々を粛清する」(シャア)
シャアの演説。歴代シリーズの敵役が言ってきているように、宇宙世紀における戦いの源は地球に居座り続ける連中(地球の重力に魂を引かれた人間)ということをシャアも言っている。結局連邦が悪い。
「諸君、自らの道を開くため、難民のための政治を手に入れるために、あと一息、諸君らの力を私に貸していただきたい。そして私は、父ジオンの元に召されるであろう」(シャア)
シャアの演説、上の続き。本作を代表するようなシーン。でも言ってる内容はあんまりそんなこと思って無さそう(パイロットだけをやっていればいい立場じゃなくなったのでみんなのためにも仕方なく道化をやっているという感じ)。どうでもいいけどこのシーンで拍手している聴衆が「ビーフン!ビーフン!」って言っているように聞こえる(実際はジークかな?)
「現行の連邦政府が生き続ければ、終身刑ですね」(カムラン)
「いいのですか」(ブライト)
「私はミライさん生きていてほしいから、こんなことをしているんですよ」(カムラン)
「昔のフィアンセにはそう言う資格があります」(ブライト)
カムランさん・・・(ノД`)
かなり有能かつカッコいい本作のカムランさん。その後どうなったのかは気になる所。コミック『機動戦士ガンダムUC 虹にのれなかった男』(シナリオ担当はガンダムUCの福井晴敏)でちょっとその後が描かれていた。
「アクシズ、行け、忌まわしい記憶とともに」(シャア)
本作でもかなり有名なセリフの一つ。でもアクシズの忌まわしい記憶って何だろう?アクシズというとZ前のハーマンとのあれこれそれこれ?
実際のところはザビ家への恨みから一年戦争・ララァの喪失・その後の動乱諸々ひっくるめて全部ってところかな。
「これにも核ミサイルが一発だけ。やるなブライト」(シャア)
敵の指揮官であるブライトを讃えている。アムロと同様に強敵として認めている感じがいい。Zでのブライトとの関係があってこそのセリフ。
「ガンダム、行きまーす」(アムロ)
フィン・ファンネルも装備して万全となったνガンダムの発進シーン。BGMも相まって非常にカッコいい。
今となってはもはやファンサービスのようにも聞こえる発進セリフ。
「さらに30秒間、援護射撃をする」(ナナイ)
「マメなこった」(レズン)
「各員の健闘を祈る」(ナナイ)
「あいよ」(レズン)
なんてことないが地味に好きなやり取り。ここでのやりとりは、立場は違うけどお互い実力を認め合ったプロ同士の会話って感じがしていい。普段は仲良さそうには見えないけど、実はオフの時は二人で飲みいったりしてたとかだったらそれはそれでいいね。
「ロンド・ベルなら鈴を鳴らしてりゃいいんだよ」(レズン)
レズンさんと言えばこのセリフ。うまい事言っているようでそうでもない(?)。
本作における「強いオールドタイプ枠」という感じの人(ライラ、ヤザン的な)。
「ナナイがあたしをぶったのよ」(クェス)
このセリフがどうこうというより問題なのはこの後の生身で飛び出すシーン。これ実際にやったらただで済むのだろうか。
そしてその後「その感じ方、本物のニュータイプかもしれん。いい子だ」と言っているシャアが非常に悪い目をしている。
「ニュータイプだ強化人間だって、艦隊の足を止められなけりゃさ」(レズン)
チェーンの機銃に墜とされる直前のシーン。その後の「良く見つけてくれた」はラー・カイラムが先に発砲してきてくれたおかげでダミーじゃない本物を見つけられたってことかな。ここのシーンですでにチェーンのサイコフレームが光り始めている。
「奴を仕留めなければ死に切れるもんじゃない」(アムロ)
「覚悟を言ったまでだよ」とのこと。
「けど大佐は総帥らしく見せるためにナナイなんかとも付き合ってさぁ。ロリコンじゃないかって。ニュータイプ研究所の連中は、みんな知ってんだぜ」(ギュネイ)
「大佐のララァ・スンって寝言を聞いた女は、かなりいるんだ」(ギュネイ)
「ララァをアムロに取られたから、大佐はこの戦争を始めたんだぞ」(ギュネイ)
「シャア=ロリコン」疑惑の元はコイツか。まくしたてるギュネイの青さ(当時18歳)が出たシーン。そりゃクェスにも「そんなことを言うから若い男は嫌いなんだ」って言われるよねえ。
「よし、三段構えだ。ルナツーから敵の援軍が来る前にケリをつけるぞ」(ブライト)
最後のブリーフィングで。でも話を聞いていると①核ミサイルでの攻撃、②内部に乗り込んで破壊の2段しかないような。あと一つなんだろう。その前の艦隊攻撃が1段目ということかな?
ちなみにガンダムウォーのコマンドカードにもなっていた三段構え。こちらもどちらかというと二段構えな感じの効果だった。
「すまんが、みんなの命をくれ」(ブライト)
最後のブリーフィングの続き。短いけどチームの結束と覚悟を感じさせるカッコいいシーン。
「敵意が無邪気すぎる、シャアじゃない、あの男でもない」(アムロ)
クェスの存在を感じとってのセリフ。
ここのビームライフルのフルオートモードみたいのがカッコいい。直前に射撃モードを切り替えたかのような「ジャキッ!」という効果音の描写もいい。
「邪気が来たか」(アムロ)
こちらもクェスに対して。
一つ上では「無邪気(=邪気が無い)」なのに、こちらでは「邪気が来た」。よくよく考えると「あれ?」って思わなくもないけど、単体のシーンとしては全然違和感ない。日本語って難しい。
「子供は嫌いだ、図々しいから」(クェス)
子供も嫌い、若い男も嫌い、で終盤の「そうか、クェスは父親を求めていたのか(シャア)」に繋がるということか。
何気にこの前のシーンで普通に半壊状態のリ・ガズィが直撃コースのビームをはじいている。そしてこの後チェーンのリ・ガズィが墜ちたことでサイコフレームの光が広がっていって、戦場全体(+地球の描写もあるので作品全体の、といった方がいいかも)の雰囲気が少し変わっていく。
「アムロ、地球上に残った人類などは、地上のノミだということがなぜわからんのだ」(シャア)
ここでネオジオンがルナツーで奪取した核兵器をアムロが破壊している。
「ララァが死んだときの苦しみ、存分に思い出せ」(シャア)
「情けない奴」(アムロ)
「貴様こそ、その力を無駄に消耗しているとなんで気が付かん」(シャア)
「貴様こそ」(アムロ)
この辺もゲームとかで見すぎて普通にそらで言えてしまうやり取り。
「世直しのこと、知らないんだな。革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるからいつも過激なことしかやらない」(アムロ)
「しかし革命の後では、気高い革命の心だって、官僚主義と大衆に飲み込まれていくから、インテリはそれを嫌って、世間からも政治からも身を引いて世捨て人になる。だったら」(アムロ)
「愚民どもにその才能を利用されているものが言うことか」(シャア)
アクシズ内での生身バトル中のやり取り。生身バトルというとファーストのラストを思い出されるが、戦い方は高度になってる。アムロがガンダムを降りて行った所を見ていながらガンダムを破壊しなかったのがシャアらしい所って感じ。多分「ガンダム壊しておけば勝ちだったのに」なんて後悔は一切なく、最初から「やっぱり最後の決着はMSでしょ」とか思ってスルーしてそう。
「何、戻れと言うのか。ナナイ、男同士の間に入るな」(シャア)
ここで気を取られて撃破。ちなみにナナイが通信等で話しかけた描写はなかったので、ナナイの思念的なもの(不安・心配とか)が届いた描写っぽい。その後の「大佐の命が吸われていきます」からもナナイが色々と感じ取っているのがわかる。
「たかが石ころ一つ、ガンダムで押し出してやる」(アムロ)
「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない」(アムロ)
「νガンダムは伊達じゃない」(アムロ)
この辺はもうアムロ名言集。
ちなみにこの時ブライトさんもラー・カイラムでアクシズを押そうとしてた。長い付き合いの2人。
「情けないモビルスーツと戦って、勝つ意味があるのか」(シャア)
「アムロと本気の決着を」というシャアの本音がでた。で、「馬鹿にして。そうやって貴様は、永遠に他人を見下すことしかしないんだ」と返される。
「地球がダメになるかならないかなんだ、やってみる価値ありますぜ」(名もなきギラ・ドーガのパイロット)
世界で一番カッコいいギラ・ドーガのパイロット。
正直一番最初に本作を観た時(小学生や中学生くらい)はなんでここでネオジオン側も参加してくるのかよくわからなかったけど、改めてちゃんと見返してみるとサイコフレームの光が徐々に戦場に広がっていってそこにいる人たちの思いが繋がっていくところが丁寧に描写されているのがわかる。今だとこの中に戦慄のブルーのユウ・カジマとかF90のボッシュとかもいたことになってるのよね。
「光の幕の向こう、モビルスーツが跳ね飛ばされています!」(ラー・カイラムのクルー)
なんてことないモブのセリフだけどシロッコの声にしか聞こえない。もちろん同じ声優さん。特に昔のガンダムだとメインどころの声優さんが一部モブキャラも兼ねてるとかは良くある話。
「しかしこの温かさをもった人間が地球さえ破壊するんだ。それをわかるんだよアムロ」(シャア)
「わかってるよ。だから、世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ」(アムロ)
この辺も説明不要な名シーン。
結果論を言ってしまうとアムロの見せた人の心の光でも世界は変わることなく、後の作品でもはや人類に対して一切の希望のないフル・フロンタルというキャラが誕生したという感じ。
「ふん、そう言う男にしてはクェスに冷たかったな、えぇ」(シャア)
「俺はマシーンじゃない。クェスの父親代わりなどできない。だからか、貴様はクェスをマシーンとして扱って」(アムロ)
「そうか、クェスは父親を求めていたのか。それで、それを私は迷惑に感じてクェスをマシーンにしたんだな」(シャア)
「貴様ほどの男が、なんて器量の小さい」(アムロ)
上の続き。
クェスは子供も嫌い、若い男も嫌い。求めていたのは実の家族から得られなかった父性。よくマザコンと言われるシャアだけど、得られなかった愛情を求めたという点では何気にクェスとシャアは似ている2人なのかもしれない。
「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ。そのララァを殺したお前に言えたことか」(シャア)
「お母さん?ララァが」(アムロ)
上の続き。これが二人の最後のセリフ。このセリフ以降は二人が画面に映ることはなく、アクシズも地球から離れていく。この段階で二人はもう"向こう側"に行ってしまっていたのだろうか。
その他感想とか考察など
とにかく音楽がいい
とにかくBGMがいちいち良いです。
まず冒頭のアイマスクみたいなカバーをかけられたνガンダムをタイトルバックに流れる曲が気分を盛り上げています(すぐ終わっちゃうけど)。そしてそれ以降も良曲が続きますね。ゲームとかでも良く使われている曲が多いので、戦闘シーンが始まってBGMが流れてくると「お、来た来た」って感じで自然に気分が上がっていく感じがします。
もちろんエンディングの主題歌もいつまでも色褪せない名曲。
主題歌は「BEYOND THE TIME (メビウスの宇宙を越えて)」 歌:TM NETWORK。
アムロとシャアのその後
2人のその後は消息不明となっており死亡扱いになっています。
このラストシーンは昔初見の時(中学生ぐらいだったかな)は「???」になったのを覚えています。二人の最後の会話は上記の通り「ララァがお母さん」という話で、その後は割とスッと終わってしまった印象。ここはやや説明不足のような気もするし、逆にこれに何を足しても余計な気もします。自分がガンダムを見始めたころは逆シャアの次というともうF91世代(正確にはF90か)にまで話が飛んでいて、小説で『閃光のハサウェイ』があった(ただし映画の逆シャアとはパラレル設定)ぐらいでした。F91の時代にはニュータイプももう過去の概念みたいになってしまっていたので、逆シャアは名作とは思いつつもラストには何となくモヤっとした感じがありました。ただ、今更ヘタに「実は生きてました」的な続編・外伝的なものを作ったりすると多分大炎上・大バッシングになるだろうし、ここはもう今後も触れられないと思います。
逆襲のシャア周りで言うと、近年になって各媒体で逆シャアの前後の話だったりアクシズ・ショック(これも後年付けられた名称のはず)に触れる作品が増えてきていて(UC、ナラティブ、閃ハサ劇場版、トワイライトアクシズ、ジョニ帰、ムーンガンダム、等々)、この辺の時代の輪郭がかなりクリアになってきているのはいちファンとして純粋に楽しめるエリアが増えた感じがしてありがたいです。
いくつかのバージョン違いについて
逆シャアと言えばいくつかのバージョンがあることも有名です。自分自身完全に理解できてないですし全部も観たり読んだりできてないので、整理も兼ねて違いなんかをメモ(間違ってる情報あったらすみません)。ざっくり分けると以下の3作品。下2つは小説作品。
- 映画版
- ハイ・ストリーマー
- ベルトーチカ・チルドレン
映画版はこの記事でここまでさんざん語ってきたので詳細は割愛。「映像化した作品が正史」とされるガンダム世界(所説あり)において、やっぱり「正史の逆シャアはどれだ」と言われれば映画版と言って問題ないと思います。
『ハイ・ストリーマー』は富野由悠季監督による小説版。残念ながら読めていないんですが、基本的な内容は映画版と同じで、前日譚や細かいサイドストーリー等の肉付けがされている作品らしいです。νガンダムのデザインがかなり違っているのが有名。いつか必ず読みたい作品(現状古本で探すしかないので、再販なり電子配信なりしてほしい・・・)。
『ベルトーチカ・チルドレン』(通称べルチル)も同じく富野監督による小説版。映画版のシナリオ第1稿を基にしているとのことで、タイトルの通りヒロインがチェーンではなくZでアムロの恋人だったベルトーチカ・イルマになっていて、アムロとの子供を身籠っています。その他細かい描写や展開が映画版とは異なっていて、小説版『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』はこちらから続いているストーリーになっていました。個人的には元々ベルトーチカが好きだったので、ベルチルの方も結構好きな作品です。小説版はかなり昔に読んだと思いますが結構記憶があいまいだったので、最近コミカライズ版で読み直して主な違いを以下にざっとメモ。
- ヒロインがチェーンからベルトーチカになっている
- ベルトーチカのお腹にアムロの子供がいる
- ブライトさんのヒゲ(途中で剃った)
- ヤクト・ドーガがサイコ・ドーガに変更。クェスも最初からα・アジールに乗る
- シャアからのサイコフレームの横流しの経緯が違う(サイコ・ドーガが重要)
- ナナイの名前がメスタ・メスアになっている
- ギュネイの名前がグラーブ・ガズになっている
- νガンダムの外観が違う(所謂Hi-νガンダムになっている)
- サザビーがナイチンゲールになっている
- グラーブ(ギュネイ)を墜とすのはベルトーチカになっている
- クェスを墜とすのはハサウェイ(ここが閃ハサで重要)
- ベルトーチカは生存する
- ジオンMSがアクシズ押しに参加しない
- チェーンが持っていたT字のサイコフレームが出てこず、戦場全体に影響を与えた力はリ・ガズィにも搭載されたサイコフレームとベルトーチカのお腹の子供が源のような描写になっている
べルチルは上記の通り終盤の展開が結構違っており、劇場版と比べると特にハサウェイ、クェス、チェーン(ベルトーチカ)の運命が違っています。小説版『閃光のハサウェイ』はここから繋がる物語になっていますが、映画版の『閃光のハサウェイ』は普通に考えたら映画版の逆シャアから繋がる話になるはずなので、その辺どんな風にアレンジしてくるのかは楽しみですね(閃ハサの映画1本目ではとりあえずどちらからでも繋がっているように見えなくない感じになっていた印象)。
さいごに
好きなセリフに関しては映画1本分なのでもっと少ないかなと思ってましたが、本作は名言の宝庫みたいなところもあるので結局かなりの量になってしまいました。
やはりまだ読めていないハイ・ストリーマーをどうにかして読みたいですね。
